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ヒマワリ畑

 ロッブリーでヒマワリの見頃を迎えていると聞き、行ってみた。

 バンコクから北へ向かうこと約2時間、そろそろロッブリーに到着する頃にドライバーのP氏に「ヒマワリを見たい」と言うと、ヒマワリはもう、下を向いてる、とのこと。そういえば、日中、ヒマワリはしょんぼりしてしまうことを忘れてた!

 それでも、せっかくだからとなお進むと、道の両側に早速ヒマワリ畑が断続的に現れるようになった。でも、枯れている…。全滅だ。下を向いているどころの話ではない。

 ありゃりゃ、今年はもうダメかなと思っていたら、突然黄色い畑が目に入り、果たして車はその前で止まった。確かにヒマワリ畑だ。その一角だけ、わざとらしいような風景だけど…。

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 入園料約15円を払って、畑に入る。サービスなのか、急にタイの演歌がすごいボリュームで流れ出した。入り口にはヒマワリグッズがたくさん売っている。うーむ…。

 来年はもっと早い時期の朝早くにでかけよっと。
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by chicorycafe | 2005-12-30 18:24 | ◆旅 〜 タイとその周辺

『みんなのピピ島』

c0161046_040536.jpg TSUNAMIから早くも1年、前々から気になっていた本、『みんなのピピ島』を先日買った。

 多少は文字が読めるようになったところで、ピピ島の小学生の書いたフリーハンドのタイ文字を何とか解読できないものかと淡い期待を抱いたが、文字の小ささと文章の長さにめげて、あっさりお手上げ。タイ文字の下に印刷された日本語の翻訳のみ読んだ。

 飾らない子どもの文章も良いが、絵が良かった。一瞬にして平和を奪い取られたピピ島だが、当日の生々しい様子までも、「自分たちのきれいなピピ島」の色で描かれているように見える。そして、素直で力強い描き方にも拍手。自分が小学生の頃はもっとこまっしゃくれた、つまらない絵を描いていたものだ。

 「愛する、美しいピピ島に帰りたい」と誰もが言っていたのも、印象に残った。人の手で作ることのできない美しい風景のなかで育つというのは、それ自体が財産なのだろうなと思う。
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by chicorycafe | 2005-12-26 00:40 | ◆本 〜 タイ

カオ・ヤイの森

 気候の良いうちにと、カオ・ヤイ国立公園を再訪した。今日の相棒はタイ人のSさん。タイ人にしては珍しく、歩くのが好きだと言うので、半信半疑で一緒に行ってみたのだが、なかなかどうして、立派な歩きっぷりを見せてくれた。

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 前回、夫と2人でのトレッキングでは、ケモノの気配を感じて恐ろしい思いをしたので、今日はガイドさんに同行してもらう。この国立公園について、このあたりの森について、1本1本の木について、生息する動物について、いろいろ説明してくれているようなのだが、そんなむずかしいタイ語は私にはさっぱりわからない。

 Sさんも「説明できません」というタイ語を最後に、私にガイドさんの言葉を伝えるのをあきらめてしまった。確かに、木の名前やら、生態たらを通訳するのは簡単ではなさそうだ。

 それにしても、熱帯雨林の木というのは途方もなく育つようだ。東南アジアでよく見かける、幹の下の部分が幾重にも折り重なった木は人間の頭のずっと上で幹が円柱状にまとまり、さらにはるか上の方まで伸びている。

 1本の木に別の木が覆い被さるようにして、そのまま育っていたり(なかには内側の木が死んでしまっているものもあったが)、1本の木に別の木がからまっていたりするのもある。

c0161046_1416444.jpg 立て札に「シナモンの木」と書いてあったのは、どこにでもありそうな巨木。幹を少し削ろ取って鼻に近づけると、とってもいい香りがする。シナモン・スティックの香りというより、「木」の香りが濃厚だ。シナモンがこんな巨木だったなんて、ちっとも知らなかったし、お腹をこわした時の薬として用いられるというのも、今日初めて聞いた。

 ほかにも、野生のシカ、サル、リス、鳥や、木の上の方に作られたサルの住みか、クマが木に登るために爪を立てて傷つけた幹、昨晩ブタがえさを求めて土を掘った跡(思わずトリュフを探してしまう)、ゾウやシカのフンなどを見ることができて、楽しいトレッキングだった。

c0161046_1482229.jpg  歩き終えてから、車で「Haew Suwat」という滝を見に行く。車道の一番奥まったところにあるこの滝は、映画『The Beach』に出てくる滝として、かなり有名なところだ。土曜日ということもあり、大勢のタイ人でにぎわっていた。

 今回は標高700〜900mほどのところを歩いてみて、バンコクより涼しいとはいえ、半袖で十分な気候だ(歩かなければ、長袖が必要)。タイ人には快適な気候だろうけれど、日本の超快適な山の風を知る身には、ちょっと暑めかな、というところ。でも1月までは同じような気候が続くとのことで、日本人は11、12、1月の3か月間は、まあまあ楽にトレッキングできそうだ。

c0161046_1491682.jpg 帰りに入ったステーキハウスで、チキンを頼んだら(タイの牛肉はいまひとつなので…)出てきたのがこれ。600円くらいで鶏まるごと1匹も出してくれなくても良いよ〜(>_<)
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by chicorycafe | 2005-12-25 17:03 | ◆旅 〜 タイとその周辺

イサーン(東北)はいいなあ

c0161046_13572168.jpg イサーン旅行の最終日、ウボン・ラチャーターニー空港へ向かうサムロー(人力車)からの1枚。自転車を漕ぐおじさんの肩越しに管制塔が見えてきた。本来は1人乗りのサムローに無理矢理夫と2人で乗り込み、夫の膝の上には小型のスーツケースが。

 私の旅半生、空港に人力車で乗り付けたなんて、どう考えても初めてだ。いい歳して何やってるんだか…、という気がしなくもないけど、町にタクシーがいないのだから仕方ない。昼食をとったイサーン料理食堂の数軒先にあるサムローの待機所から、夫が彼とその車を連れて来たので、笑いながら乗り込んだ。

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 この町からカオ・プラ・ヴィハーンを往復した時に見かけたのがこれ。小型トラックのオリ付き荷台にブタがつながれている。お尻、頭、お尻、頭、と交互に並べられているのが愛嬌たっぷりだ。バンコクでこういう車にはお目にかかれない。

 町を離れて郊外を走ると、やや密度のうすい林をバックに草むらで水牛が草をはんでいる。ところどころに露出している土はおどろくほど赤い。イサーンというと、乾いた、作物の育たない貧しい土地というイメージだが、風景の色彩は豊かだ。いつまで走っても代わり映えしない景色ながら、車で走り抜けてしまうのがもったいなく、自転車でのんびり走れたらどんなに良いだろうかと思う。

 イサーンの料理はというと、辛くて、ムシとか内蔵類とかを使ったちょっととっつきにくいものが多い。ムシはお手上げだが、内蔵類はバンコクのイサーン料理店でもそれと知らずに食べていたようだ。先日のイサーン・ソーセージにも、ブタのあんなところやこんなところが入っているらしい。でも重ねて言うけど、クセがなくておいしい。

 一方、さっぱりしたところでは、タイ人の国民食とも言えそうなソムタム(青いパパイアのサラダ)も、もとはイサーン料理のようだ。ソムタムに、ガイヤーン(鶏の炭焼き)、カオニャオ(もち米)のセットは、今回の旅行でも何度も食べた。バンコクでも頻繁に食べているメニューだが、本場で味わっていると思うと、それだけでおいしく感じられた。さらに、このメニューとの距離が縮まったかも、と勝手に思っている。日本からふらっと旅行で来て食べてもおいしいものだけど、なんというか、味わいの深さをしみじみと感じ入るようになったというか…。日常食として体が受け入れたということかもしれない。

 イサーンの人のタイ語は、ヒアリングが大の苦手な私にもわかるくらい、なまっていた。イサーン語というカテゴリーが存在するほど、バンコクで使われるタイ語とはかけはなれた言葉を話しているそうだが、こちらの言う最低限の言葉は理解されたようでホッとした。最低限じゃなくて、不自由のないタイ語でコミュニケーションしながら旅ができたら、旅の楽しみが2倍、3倍になるだろうな、とつくづく思う。

 人も、料理も、景色も、空気も、時間の流れも何かと安らぎを与えてくれるイサーンだが、インフラはあまり整っていない。それが良いところでもあるのだけれど、年間1千万人のタイを訪れる観光客のうち、イサーンに足を伸ばす人は40万人満たないとのことで、宿泊施設や交通機関などはバンコクやチェンマイなどと比べるべくもない。イコール、タフな旅になりやすいわけで、体力のない私にはむずかしい面もある。でも、少しでもラクでサバーイな旅をプランニングして、イサーンのあちこちを歩きたい。
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by chicorycafe | 2005-12-02 13:56 | ◆旅 〜 タイとその周辺

カオ・プラヴィハーン

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 炎天下、なだらかな登り坂になっている参道を延々と進み、一番奥まで行くと断崖絶壁の上に立つことになる。崖の上から眺めるカンボジアの平原。晴れた日にはアンコール・ワットのはるか向こう、トンレサップ湖まで見渡せるそうだが、この日はモヤがかかっていた。向かって左側、西の方角に広がるのはラオスになるらしい。

 10世紀から12世紀にかけて建設されたというこのクメール遺跡はカンボジア領にあるが、国境越えはいたってのんびりしたものだった。車を降りてしばらく歩いた車道が突然途切れ、土と石の道を行くと、そこはカンボジア。みやげもの屋の集まる広場の突きあたりから石の階段を上っていく。

 回廊も神殿も崩壊が激しいが、アンコール・ワットより美しいといわれるこの遺跡が原型をとどめていたら…、とは誰もが考えることだろう。さらに、参道にみやげもの屋がなくて、子どもたちが絵はがきなどを売りに近寄って来なければ…、などとついつい思ってしまう。

 こんな高望みをしてしまうのは、一昨年、スコタイの近くにあるシー・サッチャ・ナーラーイで、もの売りもいない、この世の中から忘れ去られたようにただ朽ちゆく遺跡群に、言葉を失うほど感激したからだ。そんな遺跡など、滅多にあるものじゃない、とわかっちゃいるのだが。

c0161046_1352102.jpg 壊れた神殿にカンボジアの国旗がはためく。ここに来る手前には「クメール人に生まれて誇りに思う」と、クメール語と英語で書かれた大きな看板があった。ちなみに、クメール生まれの夫は、そのことを誇りに思っているそうだ。

 日曜日のこの日は、タイ人の観光客が大勢いた。きれい、きれい、と口々に言いながら、ところどころにある急な石段もビーチサンダルでスタスタと上がって行く。

 帰りも同じ道を戻る。途中、2人のお坊さんの歩く姿が周囲に溶け込んで、何とも風情があった。

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by chicorycafe | 2005-12-01 20:49 | ◆旅 〜 タイとその周辺