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カテゴリ:◆本 〜 タイ( 38 )

『暁の寺のある町』

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1975年から3年間、タイに滞在した外交官家族の本を見つけて読む(書き手は夫人)。

当時のバンコクといえば、まだ伊勢丹もなければ地下鉄やモノレールもなく

メイドさんは巻きスカートを身につけていたという。

時代的にも現在とかなりちがうけれど、日本人がタイ人に抱く感覚などは

今と大差ないところがおもしろい。


また、著者はバンコク赴任の数年前までは、パリに駐在していたというから

ヨーロッパ寄りの観点から見たタイは、さぞかし異質感いっぱいだったことと思う。

帰国してから、何もかもスピーディーな日本に戻ってきたと思ったら

実はタイの方がことが早く運ぶことが多かった、というくだりには、いたく同意した。


著者ファミリーよりちょっと遅れてバンコク入りした、産經新聞の近藤紘一記者による

『バンコクの妻と娘』をもう一度読みたい気分になる。

サイゴンからベトナム人の妻と娘を伴っての、バンコク駐在生活を描いたこの本は

かれこれ30年近く私のなかで、タイ関連書籍ナンバー1の座をゆずらない。


ありゃ、どっちの本について書いてるのか、わからなくなっちゃった。
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by chicorycafe | 2012-01-07 17:07 | ◆本 〜 タイ

『イサーンの旅』

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待ちあぐねていた本が、昨年暮れに出版された。

「何もない」といわれるイサーン(タイ東北部)に

どう200ページを割いたんだろう? と思っていたら

全体の半分以上を写真が占めていた。

イサーンの風景を一度にこんなにたくさん見たのは初めて。

著者が3年かけて取材して歩いたという

集中力が1冊に詰まっているように感じる。

ページをめくっていたら、自分のイサーン旅行の

いろいろな場面が思い出され、すぐにでも飛んで行きたくなってしまった


バンコクからイサーンに足を運んでいた頃、イサーンのガイドブックが欲しいと

常々思っていたので、この本が数年早く出ていたらなあ、と改めて思う。

定価2500円+税 ってことは、バンコクの紀伊国屋では4000円近いかな。


一読して、個人的には、クメール遺跡にはそこそこ行ったけど、

たくさん掲載されている現役のお寺の門をくぐったのは、ほんのわずかしか

なかったことに気づかされた。ちょっともったいなかった。

逆に、私があちこちで訪ねたり探したりした布についての言及はほとんどない。

また、鉄道の旅の記述も見あたらなかったような。

イサーンの食事の写真も、1ページにまとめられているだけ。


そんな内容の偏りに加え、必要な情報は網羅しながらもガイドブックにしては

緩慢で重量もあり、かといって紀行文ではなく、

どこか茫洋とした1冊、というのが正直なところかもしれない。

いつ始まっていつ終わったのかはっきりしない(そんなことは重要ではない)

タイの宴会のように「さりげない」造りこそが、タイらしいってことで


自称・イサーン好きの一員としてつい辛口になってしまったけど

画期的なイサーン本であることは事実ですとも、ええ。
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by chicorycafe | 2010-02-11 16:51 | ◆本 〜 タイ

『未帰還兵 六二年目の証言』

 バンコク時代の知人に誘っていただき、映画『花と兵隊』を再度ホイホイと観にいく。

 前回、話の背景を私自身いまいち理解していなかったような気がして、読んでみた1冊。


 c0161046_2044492.jpg 今まで読んだタイを舞台とした本のなかで、もっとも重たい本だった。

 津波関係の書も重い内容だったけど、自然災害とちがって戦争となると、因果関係について思い巡らさざるを得ないからかもしれない。

 そして60年以上の年月の重み…。

 未帰還兵の終戦からタイにとどまることになるまでの何年かを文字で追ってみて、ようやく離隊の具体的なイメージが湧いてきた。

 実は映画と本書では、登場する3人の未帰還兵が重複していて、映画では説明しきれない各自の生い立ちや事情なども知ることができた。

 本全体のテーマについて述べる技量がないので、あとがきから抜粋させていただく。

 著者にこの取材をすすめ、後押ししながら若くして急逝した林均氏(フリーペーパーのボイス・メール元発行人)の言葉だ。

 「タイはサバイサバイ(快適、気持いい)だけじゃない。日本人はタイが日本にいかに関わってきたか、だれも知ろうとしない。敗走してきた日本兵がどれだけタイ人や山岳民族に救われたか。 ー略ー 感謝してもし足りません。 ー略ー 未帰還兵と日本兵の遺品の存在は、日泰の両国民が知らなければならない真実です」

 むずかしい内容が詰まっていてまだ消化不良だけど、この本に出会えてよかった。
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by chicorycafe | 2009-09-11 01:07 | ◆本 〜 タイ

『男になりタイ! 私の彼氏は元オンナ』

c0161046_17543324.jpg タイに関する本を何冊か読んできて、気になるものもそろそろ残り少なくなってきたかな、と思っていたら、こんな分野が残っていたわ、ふふふ… ^^

 本のタイトルからわかるとおり、性転換の手術のためにタイへ行った人のお話。

 レズビアンである女の子が、彼氏(体は女性)の手術旅行に同行した2週間をマンガにしてある。

 彼氏本人は、最初の数日痛みで大変だったと思うけれど、手術とその後の経過がまあ順調で、さらに同行者の目線で書かれているため、クスクス笑いながら読めた。


c0161046_17544829.jpg 『たのしいせいてんかんツアー』は、体は男性、日常生活では女性という著者が、プーケットでやはり性転換手術を受けたお話。

 横書きの文字にイラストのついたかわいらしい本だけれど、著者の持病のため入院生活が長引き、ヘビーな体験記になっている。

 何しろ痛そうでしんどそうで、そして単身訪タイしているだけに、どうにかならないのー (TT) という気持で読んだ。

 著者がいろいろさらけ出してレポートしたことをねぎらうつもりで言うのだけれど、大変そうななかにも楽しめる場面はあり、そのイラストもかわいくてほのぼのする。

 ナイーブで、ものごとを冷静に、客観的な視線でとらえる著者なので、別の著書『オカマだけどOLやってます。』などは「オカマ」の日常を楽しく読みたい場合によいかも。


 2冊とも、タイが好きでタイに行った人ではないけれど、初めてのタイで感じることにこちらも共感できて楽しい。

 そして、病院とはいえ人々がいい加減? で、トロピカルな気候のタイは、こういう微妙な手術を受けるにはいい環境なんだなー、と思った。

 これまであまり興味を持たないできたけれど、タイにいる間に、私も性転換手術後の人に何度もすれちがっていたのかな。

 女性→男性、男性→女性の両方を読んでみて、性同一性障害にもいろいろなパターンとケースがあり、ご当人にはさまざまな心の景色のあることを改めて意識した。


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 これは今日『男になりタイ!』の方を読み終わった時に、たまたまネット上で見かけた写真(時事通信のサイトより)。

 まさに本文中に出てきた、インライン・スケートで書類を運ぶ病院スタッフだー!

 一度私もこのヤンヒー病院に行ってみれば良かったな。

 患者さんに激突したりしないんだろうか、と想像するだけでヒヤヒヤしちゃうけど。
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by chicorycafe | 2009-09-08 19:09 | ◆本 〜 タイ

『アジア家族物語 トオイと正人』

c0161046_0152245.jpg タイを描いた物語のなかで、もっとも優れたもののひとつかもしれない。

 解説の浜なつ子氏が「消費されない本」と表現しているが、なるほどそのとおり、と思った。

 日本人の父とベトナム系タイ人の母のもとに生まれた「トオイ」は、8歳までタイ東北部の町・ウドーンタニで育つ。

 その後、名前を「正人」とし、父親の故郷である福島で高校卒業まで過ごした後、上京して写真家をめざすようになった。

 20代の終わりから、バンコクや、生まれ育ったウドーンタニ、母親の親戚の住むハノイなどを訪ねるようになり、「トオイ」と「正人」の家族や自分自身を確かめていく。

 アジアを舞台に、時代の影響を受けながら、一族がそれぞれの場所で生きてゆく物語として、十分におもしろい。

 それだけでなく、著者が写真家であるためか、幼少年期をタイと日本の自然に恵まれた地方で暮らしたためか、季節やその場の空気、草木、食べものなどの描写がすばらしくて、何度もため息をついた。
  
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by chicorycafe | 2009-06-11 23:14 | ◆本 〜 タイ

『タイの村から チャオプラヤ川のほとりで』

c0161046_1765447.jpg 著者は2度にわたる5年弱の期間を、バンコク北部のパトムタニで過ごしたという。

 本書はその間の日記と、帰国後6年の間に21回訪タイした際の日記、専門誌に掲載されたコラム、そして写真で構成されている。

 ご主人の仕事によるタイ赴任だけれど、まわりに日本人のいない集落で、のべ数十人のタイ人とともに過ごした、いわゆるローカルなタイの生活だったことに驚いた。

 日常の交通機関に車やバスのほかボートを使い、タイの暦に従ってさまざまな行事に参加し、地元の施設に寄進し、子どもを中心に集まって来る十人単位の人たちに日本語を教え、近所の人を助けたり助けられたりの毎日。

 人生の後半に足を踏み入れて久しい著者は、そんな暮らしに徐々に馴染んでいき、訪タイ回数から伝わってくるように、タイとは縁が切れなくなったようだ。

 抑揚のない文で綴られた日記の行間にある思いには、いろいろな想像が膨らむ。

 タイという国の懐の深さ、タイ人の優しさといい加減さ、貧富の差に直面しながら暮らすこと・・・

 すべてを俯瞰したうえで、なおかつ戻りたいと思わせる魅力がタイにはあるのだろうが、そのあたりはこちらにストレートに届いてこない。

 観光地としてのタイといえば、リゾート、グルメ、スパ、マッサージ、ショッピングなどがあげられるけれど、それらのいずれでもない一般タイ人の暮らしを描いた珍しい本であるだけに、残念に思う。

 この本は日記とコラムをまとめただけで手をかけることなく、自費出版のようなかたちで、ほんの少しだけ出版されたのだろうか(出版後3年半弱の現在、すでに Amazon、紀伊国屋、7&Yなどでも入手できなくなっている)。

 最後に、著者がチャオプラヤ川に入って泳いだ、という日記にはのけぞってしまった。

 チャオプラヤ川といえば、カフェオレ色で、犬や蛇などの死骸が浮いており、川辺の水上コテージの人たちが洗剤や石鹸でお皿や体を洗い、水洗トイレとしても利用されている、と認識していた私は、ただただ息をのむ。恐れ入りました!!

*『タイの村から チャオプラヤ川のほとりで』 村井妙子・著 牧童舎・刊
 2005年11月 A5判 334頁 税込1575円
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by chicorycafe | 2009-06-04 21:48 | ◆本 〜 タイ

『ウィエン・ラコール・ホテルの日々』

c0161046_010946.jpg タイトルの響きのせいか「タイ王国紀行エッセイ集」として出版されていたことに、全然気づかなかった1冊。

 2002年から2005年までの間に、タイの日本語新聞とフリーペーパーに掲載されたエッセイがまとめられている。

 これは、バンコクで読むべきだったなぁ…。

 本文にタイ語やタイの地名などが当然のように出てくるので、これからタイへ行きたい人向きではないし、帰国後1年過ぎた私には、文章の温度がちょっと高い。

 旅情をかきたてられるというのとも、ちょっとちがう。

 あるいは、しばらくタイに行かずにいて、いよいよタイが懐かしくなった頃に開くと、胸に染み込んでくるのかもしれない。

 痛いところをつかれたのは、ハジャイを初めとする南部が予想外によかったという点。

 残念ながら私も南部に行きたいと思ったころには、小さなテロが頻発していて、リスク覚悟で行くべき場所になっていた。

 タイトルの「ウィエン・ラコール・ホテル」とは、北部のランパーンにあるとても居心地のよいホテルだそうで、少々ひかれている。

 イサーンの章で紹介されているホテルは、ほとんど私にも馴染みのあるところだった。
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by chicorycafe | 2009-05-31 00:38 | ◆本 〜 タイ

『津波 〜ASIAN TSUNAMI〜』

c0161046_131531.jpg 津波が発生したのが、2004年12月26日。

 この本の発行が、4年後の2008年12月26日。

 本には、著者が津波セレモニーに参加した2006年12月までのことが書かれている。

 この時間差について最初は、すぐには事故のことを文字にできないのも無理はない、などと解釈していた。

 読み進むにつれてそれは、事故後4年でよくここまで… という感慨に変わる。

 著者は、以前ピピ島のダイビングショップで働いていた経験のある女性。

 カナダ人のボーイフレンドのマーティンと、バカンスで訪れていたピピ島で濁流に呑まれた。

 はぐれてしまったマーティンと数時間後に再会できたものの、重傷を追い、その日のうちにプーケットの病院、大晦日の晩にバンコクの病院、その2週間後に日本の病院にそれぞれ入院し、手術を受けたという。

 本の3/4くらいまでは、読んでいるこちらがうめき声をあげそうになるほど、怪我と治療、その経過が壮絶だった。

 そしてその年の6月に晴れて通院を終えてからは、気持の整理をつけるのに苦しむ。

 なぜ、被害に遭ったのが自分たちだったのかという理不尽さ、報道の惨さと現実とのずれ、制しがたい感情の揺れなど、いわゆるPTSDとの戦い。

 全体を通じて、救いと思えるのは、怪我を負わなかったマーティンが傍らにいたこと、ピピ島やプーケットに著者の知り合いが多かったことで、彼らの存在がなければ、被災の4年後にこの本が出版されることはなかったかもしれないと思う。

 とはいえ、1冊の本にまとめるために、著者は相当の忍耐と努力を要したのではなかろうか。

 著者が伝えたかったことを、きちんと受け取れただろうか。そう意識しながら、もう一度読まなければ、と思わされた。
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by chicorycafe | 2009-04-09 01:24 | ◆本 〜 タイ

『津波 アンダマンの涙』

c0161046_239166.jpg うーーーむ。

 「アンダマンの涙」という、響きの美しいサブタイトルに、ふさわしい内容かどうか…。

 津波直後のプーケットの様子が描かれている点では、貴重な本かもしれない。

 著者はタイのフリーペーパーなどでおなじみの人で、本書は津波発生直後から3週間強の間、日本から取材に来た記者の通訳兼コーディネーターとして、プーケット周辺で仕事をした時の、日記形式のレポート。

 あの大惨事を感傷的に描いていないところには、好感をもった。

 だが本の後半、2人目の記者との折り合いの悪さの記述が目立つようになり、トーン・ダウンしてしまう。

 愚痴やいやみは洗練されたものにするか、建設的なものにするかにしてほしかった…。

 そんなことは気にせず、津波そのものにだけ関心を向ける読者もいるのだろうけれど、個人的には、期待が大きかっただけに、NGな読書になってしまった。残念 ↓↓↓

 願わくば、タイ人の書いたものや、タイの20倍もの被害者を出したインドネシア(死者165,708人・本書巻末資料より)の人の書いた津波レポートを読んでみたい。


 <追記> 津波から数ヶ月後くらいに、著者がタイのフリーペーパーにレポートを寄せていたのを後になって思い出した。もう手元にないけれど、そのレポートはタイ人に温かい目が向けられていて、とてもよい印象をもったのだった。
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by chicorycafe | 2009-04-06 23:23 | ◆本 〜 タイ

イサーンの農業に初めてふれる

 バレンタイン・デーに春一番が吹くなんて〜。

 せっかく外も暖かいというのに、ここしばらく読書のスイッチが入りっぱなしの私は、終日部屋で本のムシ…。

c0161046_11595152.jpg 日本で農業のかたわら文筆活動をする著者が、数人の仲間とイサーン(タイ東北部)の農家を訪ね歩いたレポート。

 1990年と96年の2度にわたり、同じ人を訪ねてそれぞれ1冊にまとまっている。

 日本の農業にさえ暗い私だが、「バカの壁」にめげずに読んでみたら、わからないなりにかなりおもしろかった。

 国は違えど、日タイ農民同士の会話はさすがに濃いこと。

 作付け面積や収穫量、肥料や農薬の量、キロあたりの価格など、ポンポン飛び交う数字は、チンプンカンプン。

c0161046_1201383.jpg 土地と作物の相性や作物ごとの特徴なども、知らないことばかりの自分が恥ずかし〜い。

 そんななかで「イサーンの農民は貧しい」というタイにおける方程式? の理由が少しつかめてきたのは大収穫だった。

 もとはといえば、100年以上も前にヨーロッパ人が、イサーンの森を残らず伐採してしまったのが原因のようだ。

 衣食住のすべてをまかなうことのできた森の恵みを利用できなくなり、現金が必要な生活に変わってしまったらしい。

 その後は国の農業支援のシステムが極めてお粗末だったり、日本を始め諸外国の関与が農民の自立を妨げたり。

 タイの農家の人たちは、たとえ現金収入が少なくても食べる物には困らない、という認識も正しくはなかったようだ。

 イサーンの農民にとって不利な構造になっているのなら、どうして何らかの手段で訴えないのか、と問いたくなるのだが・・・

 国は民主主義を掲げているものの、実際には言論の自由が保証されず、主張する場も持たないというのが実情なのかもしれない。

 それにつけこむようなかたちで日本に輸入されている、メイドイン・タイランドの作物の数々。

 自分の口に入るものの安全性だけじゃなくて、どこでどう作られたものなのかも知らないとダメだな〜、となかなか衝撃的な2冊だった。

 イサーンの農業のイロハも知らずに、何度もイサーンに足を運んだ私って、相当のマヌケだったみたい (>_<)
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by chicorycafe | 2009-02-14 11:57 | ◆本 〜 タイ